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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)848号 判決 1981年9月24日

控訴人 加藤勇

<ほか四名>

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 小林伴培

控訴人ら補助参加人 篠原貞昭

右訴訟代理人弁護士 藤井博盛

田中憲彦

被控訴人 林憲男

右訴訟代理人弁護士 長塚安幸

浅井洋

嵯峨清喜

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの、参加によって生じた訴訟費用は控訴人らの補助参加人の各負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方並びに控訴人ら補助参加人の事実上の主張及び証拠関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決二枚目裏二行目に「一、五四〇円」とあるのを「一五〇〇円」と、また、八枚目表四行目に「二〇〇・四九m2」とあるのを「二一四・五九平方メートル」とそれぞれ訂正し、同五行目の「中央一丁目」の次に「一三番地の一」を加える。)。

(被控訴人の主張)

一  仮に賃料不払いを理由とする契約解除が無効であるとすれば、被控訴人は、原判決末尾添付物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)上の特約違反を理由に右契約を解除する。すなわち、

被控訴人は、その所有にかかる本件土地につき、控訴人ら及び秋山武(原審の相被告)の先代亡加藤徳蔵(以下「亡徳蔵」という。)と建物所有の目的で、本件賃貸借契約を締結した際、賃借人は文書をもって賃貸人の承諾を得なければ地上建物につき(根)抵当権を設定してはならない旨及び賃借人がこれに違反したときは賃貸人は契約を解除しうる旨の特約をしていた。ところが、亡徳蔵は、借地上に建築した原判決末尾添付物件目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)につき右に違反して、(1)昭和四三年八月六日、債務者を加藤建設株式会社、根抵当権者を福徳信用組合とする元本極度額二〇〇万円の根抵当権を設定して同四四年三月二〇日その登記を、(2)昭和四七年五月一日債務者を右加藤建設株式会社、根抵当権者を古館俊治とする極度額八〇〇万円の根抵当権を設定して同月一〇日その登記を、(3)右四七年五月一日、債務者を佐藤覚弥、根抵当権者を右古館俊治とする極度額三五〇万円の根抵当権を設定して同月一〇日その登記を各経由した。また、控訴人加藤勇(以下「控訴人勇」という。)は、自己の持分につき、昭和五二年五月三〇日、債務者を控訴人勇、抵当権者を伊藤俊彦とする債権額八七六万円の抵当権を設定して同五三年六月二三日その旨の仮登記を経由した。したがって、被控訴人は、右契約違反を理由に昭和五六年六月一八日の本件口頭弁論期日において本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

二  控訴人らが当審において訂正した弁済提供の事実は否認する。昭和五三年一月一〇日は、控訴人勇にとって被控訴人の催告した賃料持参の最終日であり、真実弁済の提供をしたのであれば、提供の日が右期限の前であるか後であるかについて主張を誤ることはあり得ない筈であり、控訴人ら主張の提供の日が右期日の前と後に変動していること自体、提供がなされなかったことを窺知させるものというべきである。

三  控訴人ら補助参加人(以下「参加人」という。)がその主張のとおり地代の代位供託をしたことは認めるが、昭和五二年一二月二日不動産鑑定士北岡三雄のした本件建物の現況調査の際、被控訴人において、本件建物につき競売開始決定がされたこと及び参加人が根抵当権者であることを知悉したことは否認する。被控訴人のした契約解除が公序良俗違反、信義則違反あるいは権利の濫用に当る旨の参加人の主張はいずれも争う。

参加人は、本件土地の賃貸人たる被控訴人はその地上の本件建物につき根抵当権を有する参加人に対しても賃料(地代)の代位弁済の催告ないしは右建物所有者たる控訴人らの賃料不払いの事実を告知すべき義務を負う旨主張するが、本件においては、参加人が根抵当権者であることは登記簿にも現われていないのみならず、元来、土地の賃貸人としては、その地上建物に(根)抵当権が設定されたとしても、その被担保債権の存否や金額は不明であり、かかる者に対してまでも賃料支払いの催告や賃料不払いの告知をすべき義務を負ういわれはない。殊に、本件においては、前述のとおり土地の賃借人は賃貸人に無断で地上の建物に(根)抵当権を設定することを禁じられているのであるから、被控訴人は無断で設定された抵当権者は無視しうるものというべきである。

(控訴人らの主張)

一  本件建物につき控訴人らの先代亡徳蔵及び控訴人勇が被控訴人主張の根抵当権を設定してその登記を経由したことは認めるが、本件賃貸借契約に無断(根)抵当権設定禁止の特約が付されていたことは否認する。

二  控訴人勇が昭和五二年一〇月分ないし同年一二月分の本件土地の賃料九万円(現金一万円、小切手八万円)を前田栄一に提供させた日は、昭和五三年一月六日でなくて同月九日であり、また、控訴人勇が自ら被控訴人方に赴いて現金九万円を提供した日は、同年一月九日ではなくて同月一二日であるから、賃料提供の日を右のとおり訂正する。

(控訴人ら補助参加人の主張)

一  公序良俗違反

参加人は、本件土地上にある控訴人ら所有の本件建物に設定された根抵当権及びその被担保債権を譲り受け、右根抵当権に基づき本件建物につき競売の申立をしていたものであるところ、被控訴人は、昭和五二年一二月二日実施された不動産鑑定士北岡三雄の現況調査に接し、本件建物につき競売開始決定がされたこと及び参加人が根抵当権者であることを知悉していた。

そして、参加人は、控訴人の代理人である小林伴培弁護士から控訴人らが地代を滞納していることを聞知し、昭和五五年四月二八日、同五三年一〇月分から同五五年三月分までの地代を代位供託し、その後も供託を続けている。そこで、被控訴人は、昭和五三年一月一二日控訴人勇が被控訴人の催告に応じて未払賃料九万円を現金で提供した際、控訴人勇に対し、本件建物の根抵当権者たる参加人が保有する本件建物の担保価値を滅失ないし減少させる目的をもって、「競売の問題が解決した後、地代の支払いや建物の収去に関して相談にのってやるから今すぐ払わなくてもよい。供託をする必要もない。」旨申し向けて、控訴人勇をして提供を撤回させ、更には供託を思い止まらせ、もって先に被控訴人のした契約解除の意思表示につけられた停止条件を成就させ、解除の効果を発生させたものである。したがって、右のような方法によってなされた解除は公序良俗に反し無効であるというべきである。

二  信義則違反ないし権利の濫用

借地権は借地上の建物の存立の基盤であり、借地上の建物に設定された(根)抵当権の担保価値が借地権の存否により大きく左右されることはいうまでもなく、借地上の建物の(根)抵当権者は借地権の存続につき重大な利害関係を有し、土地の賃借人に代って地代の代位弁済をなしうる利益を有しているのである。したがって、土地の賃貸人は、賃借人の賃料不払いを理由に賃貸借契約を解除しようとする場合には、右(根)抵当権者に対しても、賃借人に対すると同様に、地代支払いの催告をなすべき信義則上の義務を負うものというべきである。このように解することが建物保護という社会的要請及び建物の担保的機能を促進させるゆえんであり、仮に本件賃貸借契約において、賃借人は賃貸人の承諾なしには地上の建物に(根)抵当権を設定しえない旨の特約があったとしても、そのような特約は、借地法一一条にいう借地権者に不利な特約として無効というべきである。

しかるに、被控訴人のした契約解除は、借地上の建物の根抵当権者たる参加人に対し地代支払いの催告をしないでなされたものであるから、参加人に対してはその効力を生ずるに由ないものというべきである。

なお仮に、土地の賃貸人が借地上の建物の(根)抵当権者に対して代位弁済催告の義務を負うものでないとしても、少なくとも、右賃貸人は右(根)抵当権者に対して土地賃借人の地代延滞の事実を告知すべき義務を負うものというべきところ、被控訴人は参加人に対し控訴人が賃料の支払いを延滞した旨告知しなかったから、本件解除は権利の濫用として無効になるというべきである。

(証拠関係)《省略》

理由

一  被控訴人が昭和三三年一二月二三日亡徳蔵に対し自己の所有する本件土地を賃料一か月一五〇〇円(その後二万八二三〇円に改定された。)、毎月二八日限り当月分払いの約で賃貸したこと、亡徳蔵が昭和三四年九月本件土地上に本件建物を建築してこれを所有していたこと、亡徳蔵が昭和四九年六月一一日死亡し、控訴人ら及び秋山武の六名が亡徳蔵を共同相続してその地位を承継したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、以下賃料不払いを理由とする契約解除につき判断する。

控訴人ら及び秋山武の六名が昭和五二年一〇月分以降の本件土地の賃料を支払わないとして、被控訴人が右六名に対し昭和五三年一月四日付内容証明郵便をもって、同書面到達後五日以内に延滞賃料三か月分を支払うべき旨を催告するとともに右期限内にその支払いをしないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面が同月五日から同月一三日までの間に右六名に到達したことは当事者間に争いがない。

控訴人らは、右催告に応じて、控訴人勇が前田栄一、次いで中野勝義をして現金一万円と金額八万円の小切手を持参させ、更に自らも現金九万円を持参して賃料の提供をしたのに、被控訴人が小切手を受取ることはできないなどと述べて受領を拒絶したのであるから、被控訴人のした解除の意思表示は効果を生ずるに由ない旨主張し、原審証人前田栄一、同中野勝義並びに原審及び当審における控訴人加藤勇本人は、概ね右主張に副う供述をしているが、右は《証拠省略》と対比してたやすく措信し難く(なお、当審における控訴人加藤勇本人尋問の結果により真正に成立したと認める乙第一号証の一、二は、単に控訴人勇が昭和五三年一月一〇日総栄信用組合の自己の普通預金に小切手で八万円を入金し、同月一二日右預金から八万円引出したことを証するのみで、それ以上の証拠価値を有するものではない。)、却って、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

1  本件土地上の本件建物はアパートで、亡徳蔵の生前は同人とその妻である控訴人加藤ミヨがその一室に居住し、他の部分は賃貸しており、亡徳蔵の死後も昭和五一年一〇月ころまでは右控訴人ミヨが居住しており、同控訴人居住当時は賃料(地代)の支払いが遅滞することはなかったが、控訴人勇が事業に失敗し、自宅を売却して負債の返済に当て、控訴人ミヨに代って本件建物の一室に居住するようになってから地代の支払いが一か月遅れとなることが多くなり、古館俊治から根抵当権及び被担保債権を譲り受けた参加人の申立により、昭和五二年一〇月二〇日本件建物につき競売開始決定がなされ、同月二一日競売申立記入登記がなされた。そして、同月分から同年一二月分まで三か月分の地代が支払われなかったため、前記のとおり被控訴人が控訴人ら六名に対し昭和五三年一月四日付書面をもって同書面到達後五日以内に右地代を支払うべき旨の催告並びに右期限内にその支払いをしないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、控訴人勇に対する書面は翌五日同控訴人に到達した。

2  その後間もなく本件建物に居住している氏名不詳の者(前田栄一又は中野勝義とは別人である。)が被控訴人方に来て、控訴人勇は多忙であるので代りに来た旨述べるので、被控訴人が控訴人勇に渡してある地代の通い帳を出すよう求めたところ、それを持って来る旨述べて帰ったまま、右の者は再び被控訴人方には現われなかった。その後催告期限が終りに近づいた同月八、九日ころ、控訴人勇が被控訴人方に来て被控訴人に対し、「地代が滞って申訳ない。本件建物につき競売手続が行なわれているが、負債は自宅を売却して全額返済してある筈である。」など述べたが、地代の支払いにつき誠意ある態度を示さなかったので、被控訴人は面談の終りに控訴人勇に対し土地明渡の訴訟をする旨告知した。

3  右氏名不詳者も控訴人勇も現金又は小切手で地代を提供したことはないのみならず、原判決言渡(昭和五五年三月二五日)までは何人もその供託もせず、控訴申立後の昭和五五年四月二八日に至り、参加人が控訴人らのために昭和五三年一〇月分以降同五五年三月分までの地代を弁済供託した(この点は当事者間に争いがない。)。

被控訴人において、参加人が本件建物につき設定された根抵当権及びその被担保債権を譲り受けて競売の申立をし、本件建物につき競売手続が行なわれていることを知ったのは、控訴人勇の前記話を聞いて調査してからであり、(《証拠判断省略》)また、被控訴人は、控訴人ら以外の者にも不動産を賃貸しているが、その賃料の支払いは現金、小切手のいずれによるものであっても受領している。

右認定の事実によれば、控訴人勇が被控訴人の催告にかかる地代を提供したと認められないことは明らかであり、同控訴人以外の相続人が右地代の提供ないし支払いをした旨の主張立証はない。

三  参加人の主張に対する判断

1  公序良俗違反の主張について

参加人は、控訴人勇が催告にかかる賃料を現金で提供したことを前提とし、かつ、被控訴人において、参加人が本件建物に対する根抵当権及び被担保債権を譲り受けて競売申立をしたことを知悉し、本件建物の担保価値を滅失ないし減少させる目的をもって、控訴人勇を欺いて本件賃貸借契約解除の効果を発生させたとして、本件解除は公序良俗に違反する旨主張するが、右のような事実を認めるに足りる証拠はないのみならず、被控訴人が解除の意思表示をするに至った経緯は前認定のとおりであるから、本件解除が公序良俗に反するいわれはなく、参加人の右主張は失当である。

2  信義則違反ないし権利濫用の主張について

参加人は、土地の賃貸人は借地上の建物の(根)抵当権者に対しても土地の賃借人に対すると同様に地代支払いの催告をなすべき信義則上の義務を負うとして本件解除は信義則に違反する旨主張する。なるほど、借地権は借地上の建物の存立の基盤であり、借地上の建物に設定された(根)抵当権の担保価値が借地権の存否により大きく左右され、したがって、借地上の建物の(根)抵当権者が借地権の存続につき重大な利害関係を有することは、参加人主張のとおりである(昭和四一年法律第九三号によって追加された借地法九条ノ三の規定が、第三者が賃借権の目的たる土地の上に存する建物を競売により取得した場合にその第三者への賃借権の譲渡に対する賃貸人の承諾に代わる許可に関する制度を設けたことも、借地上の建物に設定された(根)抵当権の担保価値の強化を図る趣旨に基づくものということができる。)。しかし、借地上の建物の(根)抵当権者は、借地契約の当事者でないのはもちろん、土地の賃借人に代って地代を弁済すべき義務を負うものでもなく、また、土地の賃貸人も、通常、そのような(根)抵当権者の存在を予定し、その者から地代を収取し、ないしは地代の支払いを事実上担保してもらうことを計算に入れて賃貸借契約を締結するわけではなく、賃貸借契約締結後、賃借人が借地上の建物に(根)抵当権を設定しても、賃貸人が借地上の建物の(根)抵当権者を完全に知ることは至難であるから、賃借人の地代不払いを理由に賃貸借契約を解除しようとする土地の賃貸人に、賃借人に対する催告のほかに借地上の建物の(根)抵当権者に対する地代の支払いの催告をなすべきことを求めることは相当ではなく、信義則を根拠に催告義務を認める合理的理由はないと解するのが相当である。それ故、被控訴人が右義務を負うことを前提とする信義則違反の主張は採用することができない。

また、参加人は、土地の賃貸人は借地上の建物の(根)抵当権者に対し少なくとも土地の賃借人の地代延滞の事実を告知すべき義務を負うとして、本件解除は権利の濫用に当る旨主張する。しかし、解除の意思表示をした際、被控訴人において参加人が根抵当権者であることを知っていたと認められないことは前記のとおりであるうえ、右に述べたところと同様の理由により、土地の賃借人は借地上の建物の(根)抵当権者に対し土地の賃借人の賃料不払の事実を告知すべき義務を負うものということはできないし、前認定の事実関係のもとでなされた本件解除をもって権利の濫用であると非難することは当らない。

四  以上によれば、本件土地賃貸借契約は被控訴人のなした前記解除の意思表示により昭和五三年一月一八日の経過をもって解除され、控訴人らは翌一九日以降不法に本件土地を占有しているものというべきである。右解除の後に、参加人がその主張のとおり地代の供託をしたことは当事者間に争いがないが、その前提として、控訴人ら又は参加人が被控訴人に対して地代の提供をしたことを肯認するに足りる証拠はないから、右供託はその有効要件を欠き弁済の効果を生ずるに由ないものというべきである。

してみれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らに対し、解除に基づき本件建物を収去して本件土地の明渡し、並びに解除までの未払賃料(地代)及び解除後の賃料相当損害金の支払いを求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九三条、九四条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蕪山巖 裁判官 浅香恒久 安國種彦)

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